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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10406号 判決 1971年12月09日

原告 大東京不動産株式会社

右訴訟代理人弁護士 河和松雄

同 松代隆

同 石井芳光

同 今野勝彦

同 赤坂裕彦

被告 関東工事株式会社

右訴訟代理人弁護士 金田哲之

同 高橋一成

被告 中武土地株式会社

右訴訟代理人弁護士 吉川基道

主文

被告関東工事株式会社は原告に対し一三〇〇万円およびこれに対する昭和四三年九月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告中武土地株式会社は原告に対し五〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一〇月四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は被告関東工事株式会社に対し一八〇万円、被告中武土地株式会社に対し七〇万円の担保を供するときは、その被告に対し、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一、原告

主文第一ないし第三項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告関東工事

「原告の被告関東工事に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

三、被告中武土地

「原告の被告中武土地に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

第二主張

一、被告関東工事に対する損害賠償請求(昭和四三年(ワ)第一〇〇五五号)

1.請求の原因(原告)

(一)原告は昭和四〇年八月二日被告中武土地より別紙物件目録記載の土地および建物(以下本件土地および建物と略称する)を五、〇〇〇万円で買受け、同年一〇月一五日訴外東京住宅生活協同組合(以下東京住宅生協という)に対し六、三〇〇万円で売渡した。

本件建物は被告中武土地が被告関東工事に請負わせて建築したものである。

(二)右東京住宅生協は右買受後直ちに本件土地および建物を同組合組合員に分譲し、分譲を受けた者らが本件建物に入居したところ、

(1)浴室の防水工事が不備のため浴室を使用すると階下へ漏水する。

(2)汚水排水管の配管工事が不完全なため、水洗便所の汚物が流れず、床や座敷などにあふれでる。

(3)屋上から雨もりがする。

等の工事上の重大な瑕疵が判明し、東京住宅生協と原告の双方において補修工事を試みたが、なお前記瑕疵は修補されず、全く居住の目的を遂げることができなかった。そのため右東京住宅生協は原告に対し右売買契約の解約を要求して来たので十数回に亘り折衝の結果、原告はやむなく昭和四二年九月一三日東京住宅生協との前記売買契約の解約に合意し、右合意解約に関する条項に基づき昭和四三年四月三〇日東京住宅生協に対し、同組合よりの受領代金三二九三万六、〇〇〇円および手付金五〇〇万円を返還したうえ、東京住宅生協の支出した本件建物修補費等二五〇万円を支払い右同日右組合から本件土地・建物の引渡を受けた。

(三)其の後原告は昭和四三年六月一日訴外古久根建設株式会社(以下古久根建設という)に対し本件建物の改修工事を二、四〇〇万円で請負わせ、右同日右請負代金の内金七二〇万円を、同年八月一日に同内金七二〇万円を支払い、その後残金全額を支払った。

(四)古久根建設に請負わせた工事の内容は左のとおりである。

(イ)浴室関係の防水工事の補修

1.本件建物は各戸毎に浴室がついているが、その防水工事が不完全なため、各浴室の下の階の天井裏に多量に漏水し、電気配管にも水が入ったりしていたので、各浴室のタイルを全部外し下の階の天井も外して防水工事の打直しをし、その上に再びタイルを張った。

(ロ)汚水配管の補修工事

便所の汚物等を流す配管が本来なら鋳鉄管又はビニール管を使用すべきところを、土管が使ってあり、地下に流す箇所の管の勾配もゆるいため汚物が勾配の部分に堆積して汚水が流出せず、土管の継ぎ目部分等の接合の不完全なところから汚水が浸出して、周囲の壁、押入の中等を汚損していたので、便器及び便所のタイルの約半分を取り毀し天井を外して土管を鋳鉄管又はビニール管と取り代え、汚物を地下に流す部分の配管の勾配を急にし、汚物が流れやすいようにした。

(ハ)火災報知機の主要部分の取付

火災報知機は各室毎に設置する部分と主要機器とこの両者をつなぐ配管とから成るものであるが、各室に設置する部分と配管の一部とが施工されていただけで、配管の一部は接続されておらず、主要機器を欠いていたため全く作動しない状態であった。

そこで配管を全部接続し、主要機器を購入して取り付けた。

(ニ)排水管の補修工事

屋外にあった雨水、汚水等の排水管が他人所有の土地の中を通っていたので、これを原告所有の土地の中を通るように敷設し直した。

(ホ)浄化槽の補修工事

浄化槽の散水樋がつけてなく、浄化槽内の砕石の大きさが甚しく大きいため十分に酸化が行われず通気管も細くて十分な用をなしてなかったので散水樋を取りつけ、砕石も小さいものを入れた。

(ヘ)壁の取り代え

鉄筋コンクリート造建物の間仕切の壁はモルタルとするのが常識であるが、本件建物には木造建物と同様の土壁となっていたのでこれを外し、モルタルの壁とした。

(五)結局原告は本件建物の重大な瑕疵により、東京住宅生協に対し支払った本件建物修補費等二五〇万円および古久根建設に対し請負わせた本件建物改修工事代金二、四〇〇万円合計二、六五〇万円の損害を蒙った。

(六)被告関東工事は昭和四一年八月原告に対し本件建物について、同被告の工事上の欠陥により生じた損害につき二年間これが賠償をする旨約した。右賠償を保証する二年間の期間は保証をなした昭和四一年八月から起算すべきものとされていた。

原告の前記損害は被告関東工事が本件建物を建築するにあたり、屋上および浴室ならびに汚水排水設備等の各工事を不完全に行った結果生じたものである。

したがって原告の損害は被告関東工事の工事上の欠陥により生じた損害であるから右約旨に基づき被告関東工事は原告に対し原告の前記損害金二六五〇万円を賠償する責がある。

そして原告は右期間内である昭和四二年二月二〇日に被告関東工事に対し本件損害の賠償を請求する旨の意思表示をなした。

(七)仮に右の主張が認められないとしても被告関東工事は原告に対しいわゆる製造者責任により不法行為に基づく損害賠償義務を負担する。

一般に、物品の製造業者は欠陥のある物品を製造販売してはならない義務を負担しており、従って居住を目的とする建物の建築施工者は工事の実施にあたっては居住の目的を遂げられるよう施工すべき注意義務を負担するものである。

これを本件についてみると、請求原因(四)(イ)記載の浴室の大量の漏水は、電気配管に浸水しており、これは漏電を発生させ、人体に感電し又は漏電による火災発生の危険を含んでいる。建築業者はこのような危険性のある建物を建築してはならない義務を負っている。また右漏水と請求原因(四)(ロ)記載の汚水配管の欠陥、同(ホ)記載の浄化槽の不備は極めて不衛生な状態を招く。建築基準法三一条二項、同法一〇条などの趣旨からして建築業者はこのような不衛生な建物を建築してはならない義務がある。更に本件建物のような共同住宅には、火災報知機の設置が義務づけられており、(同法六条一項、消防法一七条同法施行令六条、二一条)、共同住宅の各戸の界壁は耐火構造又は防火構造にすべきものとされている(建築基準法施行令一一四条一項)。また建築業者は、請求原因(四)(二)記載のような他人の権利を侵害する建築をしてはならない当然の義務を負っている。このように建築業者、建築基準法その他の法律により、本件建物の如き火災、人の生命身体に対する危険、衛生上著しく有害な欠陥のある建物を作ってはならない義務を負っているに拘らず、被告関東工事は、建築業者として建築に関する専門的知識を十分に有しながら、故意に右義務に違反し、請求原因(四)記載のような工事上重大な瑕疵欠陥のある建築工事を施行した。

仮に故意がないとしても、通常の注意を払えば、右の結果発生を予見し得たから、過失がある。

そのため本件建物の所有者となった原告、および原告より譲り受けた東京住宅生協は居住の目的を遂げることができずその結果原告は前記合計二六五〇万円の損害を蒙った。

右原告の蒙った損害は被告関東工事の右違法な行為に因るものであるから、被告関東工事は原告に対し右同額の損害を賠償する義務がある。

(八)したがって原告は被告関東工事に対し、前記損害金の内金一三〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四三年九月二〇日より右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2.請求原因に対する認容(被告関東工事)

請求原因(一)の事実のうち、原告主張の売買の成立は不知その余の事実は認める。

同(二)ないし(四)の事実は不知

同(五)の事実は争う。

同(六)の事実は否認する。

同(七)の事実は争う。

被告関東工事は、被告中武土地より本件建物の建築工事を請負い、着工したが、昭和四〇年八月被告中武土地の申入れにより工事を中止して未完成の現状のまま、前記請負工事契約を合意解除して引渡した。そして被告中武土地は訴外丸万にその状態で本件建物を売却し、丸万は自己の好みと方式に従って一部設計変更のうえ完成させた後、被告中武土地の売買契約を合意解除し、同被告はこれを原告に売却したものである。

被告関東工事は、昭和四〇年一一月一一日被告中武土地に対し、本件建物の躯体工事について、二年間保証したことはあるが、原告に対しなしたものでない。のみならず、被告関東工事が保証したのは、躯体工事の範囲内であって、原告主張の瑕疵は右躯体工事に係るものではない。

被告関東工事は前記のように、本件建物を完成したものでないから製造者責任を負担しない。またいわゆる製造者責任は、製作物自体の瑕疵について賠償責任を負うというものでなく、製作物の瑕疵によって更に他に損害を与えた場合、その損害について相当因果関係の範囲内において賠償すべきであるということであって、原告主張の如き製作物自体の瑕疵による損害を含むものではない。

3.抗弁(被告関東工事)

(一)仮に、被告関東工事に原告主張の製造者責任があるとしても、同被告は被告中武土地との間で本件建物の請負契約を工事完成前に合意解約し、未完成のまま引渡し、かつ本件建物の瑕疵担保責任は躯体工事の外は負担しないこととした。

(二)原告は、被告中武土地より、本件建物の躯体工事を除くその余の瑕疵については隠れたるものも含み一切原告の負担において修理補修するという暗黙の約定により買受けたものであるから、損害賠償請求権はない。

4.抗弁に対する認否(原告)

抗弁事実はいずれも否認する。

二、被告中武土地に対する損害賠償請求(昭和四四年(ワ)第一〇、四〇六号)

1.請求の原因(原告)

(一)原告は昭和四〇年八月二日被告中武土地所有にかかる本件土地及び建物を左記約定で買受ける契約を被告中武土地との間に締結した。

(1)売買価額 五、〇〇〇万円

(2)代金支払方法 契約成立と同時に五〇〇万円を支払い、残金は昭和四〇年八月一六日までに支払う。

(3)所有権移転登記および引渡

前記残金の支払いと同時に所有権移転登記及び引渡をする。

(二)原告は右契約に従い昭和四〇年八月二日五〇〇万円を、昭和四〇年八月一六日残金四、五〇〇万円を支払い本件土地および建物につき所有権移転登記ならびに引渡を得た。

(三)原告は昭和四〇年一〇月一五日、本件土地および建物を一括して東京住宅生協に六、三〇〇万円で売り渡し、東京住宅生協は買受後直ちに本件土地および建物を同組合組合員に分譲し、分譲を受けた者らが本件建物に入居して使用したところ、

(1)ベランダの排水が悪く、水たまりが出来、ドアの下端から水が室内に流れ込む。

(2)浴槽、浴室の防水が十分なされておらず、浴室を使用すると階下へ相当量の漏水がある。

(3)便所の紙巻器が取付不良のため壁から外れ落ち、壁が崩れ、上塗りがはげた。

(4)台所の吊戸棚の内部、換気扇のまわりの塗装がされていなかった。

(5)屋上の勾配が適切でないため水たまりが出来、排水がうまくなされず、また排水口のごみよけの目が大きく、ゴミをとめない。

(6)各階表ベランダから階下へ排水する雨樋が細くて排水の役に立たない。

(7)一階の一〇五号、一〇六号の各室において、二階からの漏水のため、天井、壁、床を水が浸し、弛みを生じた。

等の、隠れた瑕疵が判明した。

(四)そこで原告は直ちに被告中武土地に対し、昭和四〇年一一月一九日、同年一二月三日、昭和四一年三月一八日本件建物の瑕疵を修補するよう要求したが、被告中武土地は言を左右して応じないので、原告はやむなく昭和四一年五月二八日と同年七月一八日の二回にわたり、被告関東工事に差迫って必要であった最小限度の修補をなさしめる工事請負契約を締結し、左のとおり瑕疵部分の修補をなさしめた。

(イ)前記(1)の瑕疵については、モルタルで均一な傾斜面をつくり、排水を可能にし、ガラス戸サッシ下端の隙間部分をモルタルで塞いだ。

(ロ)前記(2)の瑕疵については、浴室敷居の高さが風呂場の床の高さと同じで右敷居の接合部分から漏水していたので、約五センチメートルの幅の銅板にて右部分に帯状に仕切りを入れ、水漏れしていた浴槽は解体し、新設した。

(ハ)前記(3)の瑕疵については、紙巻き器は単に接着剤によって取りつけられていただけであったので、これをネジで止め、破損した壁部分を補修し、はげた塗装をやり直した。

(ニ)前記(4)の瑕疵については塗装のなされていなかった部分をブラスターで塗装した。

(ホ)前記(5)の瑕疵については、既存のモルタルをはがして新たにモルタルを塗りなおし、排水がスムーズになされるよう傾斜をつけ、ゴミよけ(バルブ)は目の細い新しい製品と取り替えた。

(ヘ)前記(6)の瑕疵については雨樋を太いものに取り替えた。

(ト)前記(7)の瑕疵については、既存の天井、壁、床張りをはがし、新たに天井、壁、床張り工事をなし、壁にはクロス張りを以前同様施行し、かつ塗装工事をなした。

(五)右補修工事により原告は、工事請負代金債務として被告関東工事に対して一三三万円の債務を負担し、そのうち一〇〇万円は支払をなし、残金三三万円も、前記補修工事請負契約によると、請負代金支払期日は工事完了時であったので、工事完了した現在、すでに履行期が到来している。右代金合計一三三万円は原告が被告中武土地から買受けた本件建物の隠れた瑕疵より生じた損害であって、被告中武土地が賠償する責を負うものである。

(六)ところが、前記のとおり補修工事はなされたが、右工事が完了すると間もなく、再び居住者である東京住宅生協組合員より、なお浴室から漏水するとか、水洗便所の汚物が床や座敷にあふれ出る等の苦情が出、前記の捕修工事では居住の目的を遂げることができないことが明らかとなった。そのため、東京住宅生協は原告に対して前記の本件土地建物売買契約の解約を要求して来たので十数回にわたり折衝の結果、原告はやむなく昭和四二年九月一三日東京住宅生協との前記売買契約の解約に合意し、右合意解約に関する条項に基づき昭和四三年四月三〇日、東京住宅生協に対し、同組合よりの受領代金三、二九三万六、〇〇〇円および手付金五〇〇万円を返還したうえ、東京住宅生協が自ら本件建物を修補し支出した修補費等金二五〇万円を支払い右組合から本件土地建物の引渡を受けた。

(七)そうして右引渡後、原告が本件建物を調査したところ、やはり隠れた瑕疵が左のとおり存することが判明した。

(1)浴室の防水工事が不備のため浴室を使用すると階下へ漏水する。

(2)汚水排水管の配管工事が不完全なため、水洗便所の汚物が流れず、床や座敷などに浸出する。

(3)火災報知器の主要機械部分が取り付けてなかったので、作動しない。

(4)排水管が他人の所有地の中を通っている。

(5)浄化槽の散水樋の太さが細く、十分に散水されず、浄化槽内の砕石の大きさが甚しく大きいため十分に酸化が行われない。

(6)鉄筋コンクリート造建物の間仕切の壁はモルタルとするのが常識であるが、本件建物には木造建物と同様の土壁となっていた。

そこで原告は、昭和四三年六月一日古久根建設に対し、本件建物の右瑕疵修補工事を金二、四〇〇万円で請負わせ、昭和四三年一〇月二五日までに右請負代金全額を支払った。

右工事の修補の内容は左のとおりである。

(イ)(1)の瑕疵については、各浴室のタイルを全部外し、下の階の天井も外して防水工事の打直しをし、その上に再びタイルを張った。

(ロ)(2)の瑕疵については、便器及び便所のタイルの約半分を取り毀し、天井を外して土管を鋳鉄管又はビニール管と取り替え、汚物を地下に流す部分の配管の勾配を急にして汚物が流れやすいようにした。

(ハ)(3)の瑕疵については接続されていなかった配管を全部接続し、主要機器を購入して取り付けた。

(ニ)(4)の瑕疵については、排水管を堀り起し、これを原告所有の土地の中を通るように敷設した。

(ホ)(5)の瑕疵については、散水槌を太いものと取り替え、砕石も小さいものを入れた。

(ヘ)(5)の瑕疵については、土壁をモルタルの壁とした。

(八)結局原告は、本件建物の隠れたる重大な瑕疵によって、被告関東工事に対して負担した修補工事代金一三三万円ならびに訴外東京住宅生協に対して支払った本件建物修補費等二五〇万円および古久根建設に対して負担した修補工事代金二、四〇〇万円、合計金二、七三三万円の損害を蒙った。よって被告中武土地は民法五七〇条売主の瑕疵担保責任の規定により、右損害額を原告に対して賠償する義務があるので、原告は右損害額のうち、被告関東工事に対して負担した修補工事代金一三三万円および古久根建設に対して負担した修補工事代金の内金三六七万円、合計五〇〇万円と、原被告は株式会社であり商人なので右に対する本訴状送達の翌日である昭和四四年一〇月四日から支払済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2.請求原因に対する認否(被告中武土地)

請求原因(一)、(二)の事実は認める。

同(三)ないし(七)の事実はいずれも不知

同(八)の事実のうち、原告と被告中武土地が株式会社であり、商人であることは認め、その余は争う。

3.抗弁(被告中武土地)

(一)原告と被告中武土地との間で本件土地および建物の売買に際し、売渡し後においては隠れた瑕疵であると否とを問わず、売主たる被告中武土地は一切の瑕疵の修補の責任を負わない旨特約した。

(二)仮に被告中武土地が本件建物の瑕疵について責任を負うとしても、売買契約後間もなく、原告と被告中武土地との間で、被告中武土地は本件建物については躯体工事部分の瑕疵に限り責任を負い、その余の工事部分については責任を負わない旨の合意が成立した。右にいう躯体工事部分とは、建物の建築工事のうち内装工事および附帯工事を除いた工事部分をいい、具体的には、コンクリート工事、鉄筋工事、基礎工事、土木工事部分を指すところ、原告主張の瑕疵部分はいずれも右にいう躯体工事部分には当らないから被告中武土地は本件瑕疵担保責任がない。

4.抗弁に対する認否(原告)

抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠<省略>

理由

第一被告関東工事に対する損害賠償請求

一、本件建物は被告中武土地が被告関東工事に請負わせて建築したことは、当事者間に争がない。

二、<証拠>によれば、原告は昭和四〇年八月二日被告中武土地より本件土地建物を代金五、〇〇〇万円で買受け、同年一〇月一五日東京住宅生協に対し代金六、三〇〇万円で売渡したが、請求原因(二)記載の経過で東京住宅生協との売買契約を合意解約し、同組合よりの受領代金、手付金のほか、同組合の支出した本件建物修補費等二五〇万円を支払い、本件土地建物の引渡を受けたことが認められ、ほかに右認定に反する証拠はない。

また<証拠>によれば、原告は昭和四三年六月一日古久根建設に対し、本件建物につき請求原因(四)記載のとおりの修補工事を代金二、四〇〇万円で請負わせ、右代金を支払い、古久根建設は同年九月末項右工事を完成し原告に引渡したことが認められ、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。

三、原告は、被告関東工事が昭和四一年八月原告に対し本件建物について、被告関東工事の工事上の欠陥により生じた損害につき二年間これを保証する旨約したと主張する。

<証拠>には、原告は、東京住宅生協との売買後、同組合より本件建物の工事上の瑕疵について責任を負う旨の保証をしてもらいたいとの申入れを受け、被告関東工事と交渉の結果、二年間の工事保証をしてもらい念書を受領した、との供述がある。しかし、<証拠>には、被告関東工事より被告中武土地宛「本件建物の躯体工事について二年間当社に懸る責任により生じた欠陥についての保証は致します」との記載があり、これに<証拠>を総合すると、原告から工事保証をしてもらいたい旨の申入れを受けた被告関東工事はこれを拒否したが、原告からの強い要求があって話合った末、同被告にとって注文者の地位に立つ被告中武土地に対し、躯体工事部分については、二年間、工事上の欠陥から生ずる責任を負担する旨約し、同時に被告中武土地は原告に対し同旨の約定をすることによって解決することになったものと認められ、これによって被告関東工事が直接原告に対し賠償責任を負う合意が成立したことを認めるには足りない。そしてほかに原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

従って、原告と被告関東工事との間に原告主張の合意が成立したとは認められないから、右合意の成立を前提とする原告の被告関東工事に対する本件損害賠償請求は理由がない。

四、次に原告は、被告関東工事は原告に対しいわゆる製造者責任により不法行為にもとづく損害賠償義務を負担する旨主張する。

いわゆる製造者責任は、わが国の不法行為法においては、未だ確立された理論とはいえないけれども、製造者が故意又は過失により瑕疵ある商品を製造し、中間業者を通じてこれを買受けた消費者又は利用者がこれを使用することによって事故が発生した場合、右事故によって消費者又は利用者が受けた人的、財産的損害につき、製造者に不法行為による賠償責任があるとするものであって、民法七〇九条による不法行為の一類型というべく、従来の不法行為理論の枠を拡大するものではない。

原告は、原告が本訴において主張している被告の不法行為は、いわゆる製造者責任といわれている型態のものであるというが、その主張から明らかなように本件建物は分譲住宅用のビルであって、原告は右分譲住宅の利用者でなく、製造者から利用者の中間にあって転々売買する中間業者の一つであること、更に瑕疵ある商品の使用によって発生した事故による損害賠償ではなく、自己から購入して使用する消費者又は利用者に瑕疵のない商品を提供するために瑕疵を修補するに要した損害賠償を請求していることにおいて従来の製造者責任の理論とはやゝ類型をことにしている。

ところで中間業者が複数介在する場合において、製造者と直接契約関係に立たない中間業者は、特定物の売買については、自己の売主に対し瑕疵担保責任を追及することはできるが、製造者に対し右担保責任を追及することは(債権者代位権の行使は別として)現行法上許されないと従来考えられてきた。しかも中間契者である以上自ら商品を使用することはないから、瑕疵ある商品を使用することによって蒙むる人的財産的損害は論理上あり得ない。しかし、消費者又は利用者から瑕疵ある商品の流通、取扱上の故意過失によって損害賠償責任を問われる場合があるであろう。そこで問題となるのは、かゝる中間業者が自らかゝる瑕疵を修補するための費用を支出した場合、修補に要した財産的出捐を製造者に対し不法行為にもとづく損害として賠償請求できるか、という点である。

しかし、消費者又は利用者が商品を買受けたところ、商品に瑕疵があり、その瑕疵を修補することなく使用するときは右瑕疵が原因となって消費者又は利用者が人的又は財産的損害を蒙むることを客観的に予見することができる場合、製造者において故意又は過失により、かゝる瑕疵ある商品を製造したのであれば、右瑕疵の修補に要した費用は製造者の不法行為による損害として製造者に対し損害賠償請求できるというべきである。そしてこのことは中間業者が消費者又は使用者に転売するため自らかゝる瑕疵を修補した場合も同様というべきである。そうでなければ商品を健全な商品として社会的に流通させることを阻害することになるし、そうすることによって、消費者―一般市民を企業の利益追及によって蒙むる被害から保護することを図った製造者責任論の目的を全うすることができるからである。

ところで、建築業者が居住用の建物の建築を請負った場合、請負契約の本旨に従って工事を施工すべきことはもちろん、請求原因(七)記載のように建築基準法その他の法規に従って工事を施工し、火災や人の生命身体に対する危険ないし衛生上有害な状態を惹起する瑕疵のある建物を建築してはならない注意義務を負っていることは条理上当然であり、これに違反して建物を建築したため、建物の使用者が右建物を居住使用することによって火災その他の事故が発生し、人の生命、身体を害し、或は財産的損害を発生せしめたときは、いわゆる製造者責任として不法行為による損害賠償責任を負うべきである。そしてかゝる損害を蒙ることを客観的に予見することができる場合に予め瑕疵を修補することに要した費用についても同様に賠償義務がある。

これを本件についてみると、<証拠>を総合すると、本件建物の建築を請負った被告関東工事は建物建築の専門業者であるが、工事内容がずさんであり且つ完成前の瑕疵の修補に欠くことのできない、いわゆるダメ工事(最終の調査をして未完成又は不充分な部分の手直しをする工事)をしていないこと、請求原因(四)記載の工事は、いずれも同項記載の原告の工事上の瑕疵によるものであって、同項(二)を除き、これがため、各浴室の階下の天井裏への多量漏水、汚水の浸出による壁押入等の汚損、雨水の屋内への漏水、浄化槽の浄化不完全など不衛生で人体にも害をおよぼす事態が現われ、更には漏水が電線配管内に入って絶縁不良を起こし、漏電による火災の危険すら生じたことが認められ、前記二認定のとおり原告は東京住宅生協よりの申出で住宅として使用の目的を達せられないとしてやむなく契約を合意解約し、原告自ら右瑕疵の修補のため前項二認定の古久根建設との間で工事請負契約を締結して二、四〇〇万円を支払ったこと、右代金中には、原告主張の不法行為による損害といえないことが明らかな請求原因(四)(二)排水管の補修工事のほか、雑工事を含んでいるが、これを除外しても前記瑕疵の修補に直接必要な工事費だけでも一、三〇〇万円を超えることが認められ、ほかに右認定を動かすに足りる証拠ない。

以上の認定事実によれば、被告関東工事は、本件建物を建築するにあたり、故意があったとは認められないが、居住用の建物を建築するに必要な注意義務を怠った過失により、前記認定の瑕疵のある本件建物を建築したものであったことは容易に推認することができ、本件の場合これがため本件建物を使用することにより利用者が人的又は財産的損害を蒙むることを客観的に予見することができる場合にあたるから、中間業者である原告がかゝる瑕疵を修補するために支出した少くとも一、三〇〇万円は被告関東工事の不法行為により原告の蒙った損害というべきである。

五、被告関東工事は、被告中武土地との間で本件建物の請負契約を工事完成前に合意解除し、未完成のまゝ引渡し、かつ本件建物の瑕疵担保責任は、躯体工事の外は負担しないこととした旨主張するが、かゝる事実を認めるに足りる証拠は存しないし、被告両名間の約定によって、原告に対する不法行為責任を免がれ得るものでもないから右抗弁は理由がない。

六、更に被告関東工事は、原告は、被告中武土地より、躯体工事を除く瑕疵については一切原告の負担において修理補修するという約定により本件建物を買受けた旨主張するが、かゝる事実の認められないことは、後記第二、四記載のとおりであって、右抗弁は理由がない。

従って被告関東工事は原告に対し不法行為による損害金一三〇〇万円および右不法行為による損害発生の日以後である昭和四三年九月二〇日より右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を賠償すべき義務があるから、原告の本訴請求は理由がある。

第二被告中武土地に対する損害賠償請求

一、原告と被告中武土地との間に、請求原因(一)記載の売買契約が成立したこと、原告は請求原因(二)記載のとおり代金を支払い、本件土地建物につき所有権移転登記ならびに引渡を受けたことは当事者間に争がない。

二、<証拠>によれば、本件建物は東京住宅生協より同組合員に分譲され、組合員らが入居したが、入居後間もない昭和四〇年一一月頃から請求原因(三)記載の瑕疵が次々と発見されたこと、原告は被告中武土地との売買の際にはこれらの瑕疵の存在を知らなかったし、通常の取引上の注意を用いても容易に判明し得なかったこと、東京住宅生協は昭和四〇年一一月頃から瑕疵が発見されると直ちに原告に通知し原告は、東京住宅生協からの連絡を受けると遅滞なく被告中武土地に瑕疵の存在を通知してきたこと、同時に原告は被告中武土地と被告関東工事に対し瑕疵の修補を申入れてきたがこれに応じないため、やむなく被告関東工事との間で請求原因(四)記載のとおり工事請負契約を代金一三三万円で締結し修補工事を行わせ、右工事代金のうち一〇〇万円を支払い、残金について支払義務を負っていること、しかし原告は請求原因(六)記載の経過で東京住宅生協との売買契約を合意解除し受領代金および手付金のほか同組合が自ら修補のため支出した費用二五〇万円を同組合に支払い、本件土地建物の引渡を受け、請求原因(七)記載のとおり古久根建物に対し代金二、四〇〇万円で工事を請負わせ、右代金を支払い、古久根建設は同年九月末頃右工事を完成し原告に引渡したことが認められ、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件建物には直ちに発見することのできない瑕疵が存し、原告は売買の日より六ケ月以内に瑕疵を発見して被告中武土地に通知したものであって右瑕疵の修補のために原告が負担する被告関東工事に対する一三三万円、古久根建物に対する二、四〇〇万円合計二、五三三万円は原告が被告中武土地に対し本件売買の目的物に存する隠れた瑕疵によって蒙った損害として賠償を求めることができるというべきである。

三、被告中武土地は、原告との売買に際し一切の瑕疵担保責任を負わない旨特約したと主張する。

<証拠>によれば、原告と被告中武土地との売買契約書には本件建物の表示に続き「(但し現況の儘)」との記載があること、<証拠>によれば、原告は被告中武土地から同被告の希望した代金額はもとより当時の妥当売買価格より相当廉価で買受けたことが認められる。しかし右事実をもって原告は被告中武土地に瑕疵担保責任を負わない特約が成立したとは認め難く、かえって<証拠>によれば、本件土地建物の売買代金は被告中武土地から八、〇〇〇万円という申出があったのに対し原告が五、〇〇〇万円ならば買受ける旨返答したところ、被告中武土地は直ちにこれを承諾して決定したものであること、その際火災報知機、電話配線が完成されていないことは話合われたが、前記認定の瑕疵については原告はその存在を知らなかったばかりか、売買に際し担保責任の問題が当事者間で考慮され話合われた事情は何ら窺えないことが認められるから、被告中武土地の右抗弁は採用し難い。

四、被告中武土地は原告との間で本件建物については躯体工事部分の瑕疵に限り責任を負い、その余の工事については責任を負わない旨の合意が成立したと主張する。

そして<証拠>によれば、被告中武土地より原告に対し交付された念書には、昭和四〇年一一月一一日付で、「本件建物の躯体工事につき責任により生じた欠陥に対し爾後二箇年間の保証を致します」との記載があり、また証人山田皓策の証言によれば、壁のはり替えを除いては原告主張の瑕疵部分はいずれも躯体工事部分に属しないことが認められる。

しかし<証拠>によれば、原告は、東京住宅生協との売買後、同組合より本件建物の工事上の瑕疵について責任を負う旨の保証をしてもらいたいとの申入れを受け、被告両名と交渉の結果、被告関東工事は被告中武土地に対し躯体工事部分については、二年間、工事上の欠陥から生ずる責任を負担する旨約して念書を差入れ、被告中武土地はこれを受けて同文の念書を原告に交付したものであることが認められ、右交付の際原告と被告中武土地との間で躯体工事部分以外についての担保責任の免除が明示的にせよ黙示的にせよ当事者間の了解事項とされた事情を窺うに足りる証拠はない。

これらの事実に照らし、被告中武土地は原告に対し躯体工事部分の瑕疵担保責任を負う期間を二年間に延長したものであって、これによって右部分以外の担保責任を免除する旨の合意が成立したものとは到底認め難い。

従って被告中武土地の右抗弁は理由がなく、被告中武土地は原告に対し瑕疵担保責任にもとづき前記損害金二五三三万円を賠償すべき義務があるから右損害金のうち五〇〇万円および右損害発生の日以後である昭和四四年一〇月四日から右完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金(原告と被告中武土地が商人であることは当事者間に争がない)の支払を求める原告の本訴請求は正当である(なお被告関東工事の原告に対する不法行為にもとづく損害賠償債務と被告中武土地の原告に対する瑕疵担保責任にもとづく損害賠償債務とは不真正連帯債務というべきである)。<以下省略>。

(裁判官 竹田稔)

<以下省略>

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